シンガポールに越す前からこの国に住んだなら,
ファサードが特徴的なショップハウスを写真に撮りながら街歩きしたいと思っていたので、少しづつ記録に残していきたいと思う。
まずはタンジョンパガー、オウトラム界隈からCraig Road。
この通りはゼットランド フリーメイソンロッジの役員で、
商人ギルドのメンバーだったキャプテンJ.クレイグにちなんで名付けられた通り。
面白そうなアンティークショップ、行った時は閉まっていたので、今度覗いてみたい!
新旧のこのコントラストが又面白い!。十年ほど前に住んでいた上海の街も石庫門と言う独特な建物が残っていて、相対する高層ビルとが混在した街だったけ・・・・
若草色の素敵なファサードはMa Cuisineと言うフレンチレストラン。今度食べに行ってみたい!
クレイグ ロードは1890年代から存在していたダクストン ロードよりも古い通りで、19世紀の危険な通りの一つだったそうだ。
いつも行列が出来ている有名ハンバーガー屋さん。食べた事がないので分からないけれど、私は長時間並んで待ってまで食べたいとは思わないのだけど、人気なのできっと美味しいのでしょうね~。
そう言えばこの間シンガポールの知人がシンガポール人は並ぶのは割と平気だって言ってたっけ!
クレイグロードからニールロードを渡ると、そこからはKeong Saik roadと名前が変わる。
この通りは、海峡汽船会社を設立したマラッカ生まれのビジネスマンTan Keong Sailにちなんで付けられた通り。
脇道のJiak Chuan road、この小さな通りは、慈善家Tan Kim Sengの孫Tan Jiak Chuanにちなんで付けられ、近隣の通りと同様に20世紀には歓楽街として有名だったそう。
Keong Saik Roadに戻って、裕福な商人Tan Keong Sail氏はこの辺りに幾つかの家を主所有していたそうで、そこには愛人を住まわせていたのたどか・・・・
いつの時代もそんな人はいるのね・・・・・
常々コピを飲みに行きたいと思っているクラシカルなコピティアム東亜。
その東亜は昔はこの建物だったのに、今はこちらもハンバーガ屋さんで東亜の文字が残っているだけ。
Keong Saik Roadは1960年代に歓楽街に進化し、商店街はその多くが売春宿で占めていたそう。今は宿は宿でもティファニブルーに塗られた狭いけどお洒落なKesa Houseと言う長期滞在用のホテルがある。
このエリアはアヘンとギャンブルの巣窟を経営していた悪名高いギャング Sio Loh Kuanの縄張りでもあったそう。
通りの終わり頃にヒンズー寺院のSri Layan Sithi Vinayagar 。この寺院はインドの奇祭タイプーサムの終点となるお寺だそう。この日も夕暮れ時にカンカンカンカンとお祈りの音がしていた。
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